掛軸・横額・日本画・書籍

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一押し!

NO.9393
西村 奇石筆  観音図(合箱)
¥48,000

明治時代
絹本
本紙サイズ:50cm×124.3cm
掛軸サイズ:65cm(70.7cm)×203.5cm

西村奇石は丹後宮津の画家。藩主本荘宗秀の可愛がられ、京都の岸派に入門、画業を磨きました。岸竹堂とは、岸駒の兄弟弟子になります。
本作は絹本の大作。中央には薬壺を持つ、薬師如来が蓮の上に鎮座ましまし、その前には象に乗る普賢菩薩が控え、右は獅子に乗る文殊菩薩が控えます。いずれも、お顔を描いた肌色が美しく見事な出来栄えの仏画に仕上がっていますね。表装も美しく、本紙も極美。立派な掛物ですね。


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NO.9391
尾竹 竹波筆 ゑ美寿(共箱)
¥6,000

昭和初期
紙本
本紙サイズ:30cm×124cm
掛軸サイズ:42.4cm(47.8cm)×188cm

尾竹竹波:かつて明治後期の画壇で名をはせ、その後ほとんど埋もれてしまった日本画家の三兄弟がいます。新潟市に生まれた尾竹越堂、竹坡、国観です。とりわけ竹坡は、岡倉天心から「天才」とまで言われた画家でした。富山で売薬版画の下絵画家として青年時代を過ごしたのち、日本画家を志して上京。明治・大正期の日本画壇で活躍しますが、岡倉天心が会長を務め、竹坡が入会した「国画玉成会」第1回展覧会の審査員選びが紛糾して退会。その後は文部省の美術行政を改革しようと国会議員に立候補しますが、落選。人気作家でありながらも波乱の人生を送りました。
その日本画の名手の竹波さんの「ゑ美寿」図です。淡彩で描かれた柔和なお顔の恵比寿さまは良い出来の日本画です。本紙に皺が見られますのでお値頃でご奉仕いたします。


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NO.9391
尾竹 竹波筆 ゑ美寿(共箱)
¥6,000

昭和初期
紙本
本紙サイズ:30cm×124cm
掛軸サイズ:42.4cm(47.8cm)×188cm

尾竹竹波:かつて明治後期の画壇で名をはせ、その後ほとんど埋もれてしまった日本画家の三兄弟がいます。新潟市に生まれた尾竹越堂、竹坡、国観です。とりわけ竹坡は、岡倉天心から「天才」とまで言われた画家でした。富山で売薬版画の下絵画家として青年時代を過ごしたのち、日本画家を志して上京。明治・大正期の日本画壇で活躍しますが、岡倉天心が会長を務め、竹坡が入会した「国画玉成会」第1回展覧会の審査員選びが紛糾して退会。その後は文部省の美術行政を改革しようと国会議員に立候補しますが、落選。人気作家でありながらも波乱の人生を送りました。
その日本画の名手の竹波さんの「ゑ美寿」図です。淡彩で描かれた柔和なお顔の恵比寿さまは良い出来の日本画です。本紙に皺が見られますのでお値頃でご奉仕いたします。


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NO.9379
高橋和堂筆 大津絵色紙三種(紙秩)
¥4,500|3点セット

現代作
色紙サイズ:24cm×27cm

大津絵は、元もと近江の大谷・追分辺りで神仏をテーマとした絵を仏絵師達が描き土産物として安く描き売られていた民画で追分絵や、大谷絵とも称され、その発祥は江戸初期に遡るといわれています。元禄の芭蕉の句に「大津絵の筆のはじめは何仏」とあり、初めは仏画が描かれました。後年、仏画や花鳥のうち売れ筋のみが残り描かれ伝承しました。
その大津絵を現代に伝承した、大津絵の名人高橋和堂さんの大津絵の色紙三種です。「寿老」「藤娘」「鬼の念仏」とトラデッショナルな画題を見事に現代に甦らせております。その手馴れた筆致はまさに名人の筆の冴えですね!


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NO.9366
上司古文書 勧解事件篇 上司古文書 その二 2冊セット
¥7,500|2冊セット

昭和43年初版
25.6cm×18cm

この私家版の冊子は、明治百年を記念して上司地区の史家、宮本長之助が翻刻編纂された本のようです。上司というのは、当丹後地方の上司です。この古文書類は、栗田郵便局にに保管されている上司町古文書を書き写したもので勧解事件は明治の古文書を収録。その二の方は、「山の部」「水の部」「海の部」に分け、江戸から明治に於ける興味深い事柄を収録しております。地方出版の、恐らくは極小部数の冊子、二度と出版されることは無いでしょう。稀覯の珍本です。


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お薦め!

NO.9348
工芸軸 武蔵画 枯木鳴鵙図(共箱共秩)
売切れ

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NO.9347
尾竹竹坡筆 豊年大黒 (共箱)

売切れ

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NO.9346
山口素絢木版 美女駒引きの図
¥6,000

大正時代
紙本
本紙サイズ:39.7cm×115cm
掛軸サイズ:53cm(59.8cm)×172cm

山口素絢:江戸時代後期の円山派の画家。通称は武次郎、字は伯後、素絢のほか山斎と号す。円山応挙に画を学び、寛政7年、師に従って香住の大乗寺障壁画制作に参加し、円山派の主要画家として活躍した。 文化10年の『平安人物志』により、その頃祇園袋町に住していたことが分かる。人物画をよくし、時様の和美人を得意とし、同門である源琦の唐美人と併称された。
素絢さんの木版画ですね。江戸の浮世絵の流れをくむ木版、細かい馬のたてがみなど、良く出来ています。元禄美人の着物の柄など華麗ですね。良い出来の木版画です。


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NO.9343
日高壮之丞大将筆 漢詩一行書(合箱)
売切れ

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NO.9342
趙 義淵筆 漢詩四行書(合箱)
¥6,000

明治時代
絹本
本紙サイズ:36cm×139.2cm
掛軸サイズ:50.1cm(58.2cm)×189.5cm

趙義淵:朝鮮国軍部大臣、閔妃暗殺事件に遭遇して、軍部を追われる。
趙義淵の略歴は良く判らないのですが、朝鮮王朝時代の軍人です。漢詩中、愛宕山、京橋、などの文字がみえるので、日本に亡命してきたのでしょうか?どこか血生臭さをも感じさせますが、近代史の歴史的遺物としても貴重かなとも思います。水濡れ、表具の浮きありますので、マクリとしてのお値段でご奉仕いたします。


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NO.9341
内藤 鳴雪筆 「矢車に」句画賛(合箱)
ご売約

大正時代
紙本
本紙サイズ:32.3cm×135.6cm
掛軸サイズ:44cm(49.5cm)×198cm

内藤鳴雪:弘化4年4月15日~大正15年2月20日。俳人。松山藩士内藤同人の長男として東京に生まれた。本名 素行。藩校明教館・昌平黌に学び、愛媛県官、文部省参事官を経て明治22年、松山藩の常盤会寄宿舎監督となり、寄宿舎入りした正岡子規の感化で俳句を始めた。松尾芭蕉の「猿蓑」から元禄俳句の真髄を理解、虚子、碧梧桐などとともに子規日本派の興隆に力を尽した。和漢の学に通じ脱俗飄逸な人柄と相まって、一門の尊敬と親愛を得、重鎮となった。「鳴雪俳句集」「鳴雪自叙伝」「鳴雪俳話」など著書は多い。
鳴雪翁も来丹されており、恐らく時期は5月、当地では5月の節句には、子の成長を願い幟を掲げる習慣があるので、それを見た翁は、高名な「矢車に・・・」の句に添えて、幟に描かれていた武者の絵をお描きになったものと思われます。


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NO.9318
梧山筆 蓬莱山水図(合箱)
¥6,000

江戸、天保2年
絹本
本紙サイズ:48.3cm×119.8cm
掛軸サイズ:61.2cm(66.7cm)×197.5cm

梧山という画家は、浅学のため経歴は不詳なのですが、良く描けた山水画です。墨画に淡彩で苫屋や、白い胡粉で梅の花が描かれ良い出来の山水図です。雄渾な山、樹木など見事な筆致で描かれていますね。落ち着いた古画の面持ちを堪能できます。お正月の掛物として、この静謐さは堪えられませんね。


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NO.9317
中川無佛筆 句入り尉と姥図(合箱)
¥4,500

昭和戦前
絹本
本紙サイズ:31.8cm×105.8cm
掛軸サイズ:45cm(50.5cm)×191.5cm

中川無佛画伯もいまや忘れられた画家ですが、戦前に於いては、京の三佛といわれ、それは東本願寺の句物上人、大阪控訴院の瀧川愚佛、そして、この景年門の無佛画伯であったというのです。画伯も丹後に滞在しており、俳句連に歓待されたといいますので、そのおりに求めに於いて描かれたものと思います。絹本で、糊染みが出ておりますが、「初日の出」の句が書かれており、お正月の掛物としては持ってこいですね。


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NO.9316
田能村直入筆 山水図大幅(時代箱)
売切れ

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NO.9293
西村 五雲筆 岩小禽図(合箱 二重箱)
売切れ

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NO.9292
藤井 瑞景筆 自画渓山佳趣之図(共箱)
¥4,500

現代作
紙本
本紙サイズ:36.2cm×111.1cm
掛軸サイズ:48.3cm(53.7cm)×195cm

藤井瑞景:1908~1990年。日本画家。岐阜県生。明治41年生まれ。父,瑞雲も有名な南画家。父の影響で早くからその才能を開花させる。後、田中柏陰に学ぶ。人の見ている前での揮毫は、運筆の旨さで人々を魅了する。日本南画院に所属し、特賞二回、同会長賞、知事賞を受ける。山水・花鳥を得意とし近年竹林山水に独自の画風を開く 。平成2年82歳没。
峩々たる山並みが墨の濃淡で美しく描かれた山水図ですね。瑞景さん、お得意の竹も描かれた良い南画ですね。表装も美しい見事な山水図です。


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NO.9291
中西 耕石筆 水墨山水図 双福(合箱)
売切れ

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NO.9248
二条 基弘筆 漢詩二行書(合箱)
¥3,500

明治時代
紙本
本紙サイズ:43.6cm×133cm
掛軸サイズ:57.5cm(63.5cm)×190cm

二条基弘:安政6年10月25日生~ 昭和3年4月4日没。字は長畝、弧鶴と号した。華族。従一位関白の九条尚忠の8男で、明治4年、関白内覧摂政の二条斉敬の養子となる。二條家は五摂家の一で、近衛、九條、一條、鷹司と交々摂政関白の栄職に上り朝政に参画した。妻は加賀金沢藩13代藩主 前田斉泰の娘、前田洽子。明治17年、公爵。明治40年に宮中顧問官となった。春日神社宮司で、天保15年、正二位勲二等公爵となる。明治23年9月から大正9年1月まで貴族院議員を務める。書を能くした。
さすが能書家のお公家さんですね。華麗な文字が本紙におどります。小しわ見られますが、本紙は綺麗です。


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NO.9247
公文 蘆淵筆 阪 正臣賛 「五十鈴川」図(合箱)
¥6,000

明治時代
絹本
本紙サイズ:35.5cm×113.3cm
掛軸サイズ:47.8cm(53.2cm)×190cm

公文蘆淵:明治期に活躍した日本画家ではじめ森魚淵に師事し、住吉派の絵を学んだ。現在の高知県安芸市生まれとも言われるが、徳島市の生まれで、安芸市の公文家を継いだようだ。明治26年に上京して、住吉宗家に入門。明治28年第4回内国勧業博覧会に出品した「源語空蝉」をはじめ、明治32年京都府主催第2回全国絵画共進会、明治35年日本美術協会展などの出品作が、次々と宮内庁御用品となった。その他、帝国絵画協会展や文部省美術展などに入選を重ねている。明治40年に土佐藩ゆかりの美術家と美術愛好者の集まりであった土陽美術会日本画部門の中心人物としても活躍した。

阪正臣:安政2年~昭和6年、本姓は坂)。幼名は政之介、字は従叟。号を芽田、観石、桃坪といい、斎号を樅屋といった。尾張横須賀に生まれた。書道家、歌人、宮内省御歌所寄人。また、東京女学館講師、華族女学校教授、國學院大学講師を務めた。幼い頃、郷里の神官・坂廣雄に書と歌の手ほどきを受け、特に楷書は米庵流であった。青年期では早くから唐様は貫名菘翁に注目していた。正臣の父正緒は度々尾張から京に上り、雅楽を学び、茶人たちと交流し、俳諧を嗜み、絵もよくした風流人で、当時の京の書家、文人、特に貫名菘翁、頼立齋等と深く交わった。

蘆淵さんと正臣さんの合作の掛軸です。五十鈴川は伊勢神宮にある川、蘆淵さん描く「五十鈴川」に神道家の正臣さんが賛を入れるのはむべなるかなですね。絹本の綺麗な掛軸です。


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お薦め!

NO.9246
松本姿水筆 「林和靖」 (共箱)
¥10,000

昭和戦前
紙本
本紙サイズ:30.1cm×126.4cm
掛軸サイズ:42.5cm(48cm)×191cm

松本姿水:明治20年栃木県宇都宮に生まれ。明治35年に上京し、初めは洋画を学び白馬会洋画研究所に通う。後に日本画に転じて、大正2年の第7回文展に「初秋の朝」で初入選する。大正6年に川合玉堂に師事し、帝展には8年の第1回から連続して入選を重ね、14年に「暮るゝ春」で特選となり、昭和元年の第1回聖徳太子奉讃美術展にも出品し、翌2年に帝展委員となる。また3年には同門の磯部草丘らと戊辰会を結成し、5年の第2回聖徳太子奉讃美術展には無鑑査出品し、9年の帝展には審査員となる。戦後は22年の日展に「びいるむぎ」を招待出品し、24年からは連続して依嘱出品を行った。大和絵による風景画で知られ、東京で没した。昭和47年没。

林和靖は中國の宗代の詩人で、梅を愛し鶴を友としました。気品のある林和靖の姿が巧みに捉えられた良い作品ですね。


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お薦め!

NO.9224
名著出版復刻  丹後郷土史料叢書(9冊) 与謝郡誌(上下) 丹後宮津志揃
売切れ

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NO.9197
八田 高容筆  「尉と姥」図(合箱)
¥8,000

大正時代
絹本
本紙サイズ:50.2cm×114.5cm
掛軸サイズ:64.6cm(71cm)×179.5cm

八田高容:1882〜1944年。京都生。明治から昭和初期の日本画家。号は青翠、西廬。初めは中島有章に手ほどきを受け、14歳で竹内栖鳳に師事し四条派を修得。明治40年第1回文展入選、大正8年からの帝展にも入選を重ねた。昭和4年帝展推薦。栖鳳門下で西村五雲・西山翠嶂と共に三羽烏と称された。
高容さんの絹本大幅「尉と姥」の図です。松の大樹のもと、尉と姥が静かに佇みます。この人、人物画が上手いですね。白い頭髪が胡粉で繊細に描いた、その技は目を見張ります。長寿や敬老のお祝い、お正月には持ってこいです。落款は”青翠”落款です。


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NO.9196
岸 禮筆 「子 丑 寅」図 (合箱)
¥10,000

江戸後期
紙本
本紙サイズ:29.1cm×85.5cm
掛軸サイズ:40.5cm(46.5cm)×173cm

岸禮:文化13年~明治16年。江戸時代後期から明治時代の岸派の絵師、日本画家。姓は佐伯、名は持豊、持礼。字を士弟、号に雪峰、化鵬、北鵬、白雲館など。官名から岸大路左近将監と称した。岸派の二代目岸岱の次男として現在の京都市内で生れる。父について岸派の絵を学び、安政度京都御所の障壁画製作のため禁裏絵所に出仕して近衛府官人となり、左近衛府下野守に任じられ、さらに左近将監に昇進した。『平安画家評判記』には「何も角にも出来升」とあり、一定の評価を得ていたことが窺える。明治維新後に東京に移住し、当地で没した。
いかにも岸派らしい、寅と丑と子ですね。本紙は焼けが見られ、強い折も見られますが、表装は綺麗です。岸派のなかでも”岸禮”の作品は珍品です。


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NO.9180
九谷焼 風鎮 (箱入り)
¥4,500

現代作
全長26cm・陶器部分直径4cm×高さ4cm

九谷独特の模様、青粒模様が美しい九谷の風鎮です。そこに九谷らしい金彩が華麗に映えます。青粒の上の金彩の花模様は九谷らしい豪華さを演出しておりますね。六角形の造形も、どっしりとしていて実に風格のある九谷の風鎮です。


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お薦め!

NO.9175
臨川復刻 「京都府史跡名勝天然記念物調査報告」(箱入り)
¥58,000|全揃い

1983年
2回配本・全23巻(総目録・索引含む)・定価19万円
サイズ:27cm(B5版)

大正6年7月、京都府知事木内重四郎は、史蹟名勝及び天然記念物の保存のために京都符の史蹟調査の事業を盛んにすることを唱導し、京都府史蹟勝地調査会を組織しました。 調査会では、京都帝国大学などの碩学大家を評議員に迎え、西田は梅原末治(京都帝国大学文科大学教務嘱託)と共に調査委員として実質的な調査・報告を担当しました。また、田中勘兵衛や碓井小三郎らからの事業への支援もありました。 『京都府史蹟勝地調査会報告』は、大正8年から刊行が開始され、第9冊からは『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』と書名を変え、第20冊まで続きました。それを1983年に京都の臨川書店が復刻したもんです。本は殆ど置き古し状態で、奇麗な本です。


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お薦め!

NO.9173
大森運夫筆 「陽だより」(額装、共シール)
¥18,000

現代作
絵サイズ:30.5cm×39.8cm
額サイズ:50.4cm×59.5cm×4cm

大森運夫(かずお):大正6年、愛知県豊川市生まれ。2016年没、享年99歳。郷里で国語教師をしていた大森は、画家・中村正義との出会いがきっかけで、日本画を独学で学び、33歳という遅いスタートではあったが、翌1951年には日展に入選を果たし、1966年からは画業に専念。その後は渡欧してロマネスク美術に学んだり、浄瑠璃人形を題材にしたりと、骨太い筆致で風景や人物を描き、数々の作品展に入選を重ねる。
金張りの地に可愛い少女を描いた、大森さんらしい華麗な絵です。シンプルな木製額に入っており、額は厚さもあり、重厚です。


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NO.9172
多井隆石筆  自画賛青緑情桃渓春遊図(共箱)
¥12,000

大正12年
絹本
本紙サイズ:42cm×132.5cm
掛軸サイズ:56.2cm(61.6cm)×200cm

多井 隆石は明治から昭和に活躍した兵庫県 西脇市出身の日本画家です。
うららかな春の風景が絹本に見事に描かれた山水画です。草萌える山河、美しくさく桃の花、苫屋にあそぶ賢人、霞む山並み、美しい力感溢れる筆致が非常にいいですね。まさに河のせせらぎが聞こえてくるかのような風情の日本画ですね。


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NO.9171
今尾景年筆 「魚籃観音図」(合箱)
売切れ

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NO.9123
胡小蘋筆 漢詩二行書
売切れ

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お薦め!

NO.9122
樋口 富麻呂筆 「浦島」(共箱)
¥14,000

昭和戦前
絹本
本紙サイズ:36cm×114.2cm
掛軸サイズ:48.5cm(53.8cm)×189.5cm

樋口富麻呂:明治31年、大阪府生まれ。京都市立絵画専門学校卒 師は北野恒富・西山翠嶂。小松均日本美術院々友 白耀社同人。はじめ大阪で北野恒富に師事した後、京都絵画専門学校にて西山翠嶂、さらに小松均に師事して画技を修得。帝展・新文展・院展などに出品・入選を重ね人物画を得意とし、特に美人画や歴史人物像など流麗で細やかな筆致を。展開、晩年は主に仏画を好んで製作した。又浮世絵風の作風での小説の挿絵・装幀なども数多く担当した。
当地丹後は浦島の本場です。この富麻呂さんの「浦島」は、おそらく、竜宮城から丹後の浜に帰って来た処を描いてあるのでしょう。眺める先は風景も変わり、困惑の表情が見て取れます。絹本の美しい色彩の日本画です。胡粉で描かれた白い波も美しいですね。正に伝説を描いた幽玄の世界です。


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NO.9117
山本 暁邦筆 岩上の猿(共箱)
売切れ

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NO.9116
南保 秋淵筆 神苑幽邃(共箱)
¥8,000

大正時代・ 紙本
本紙サイズ:30.2cm×120.8cm
掛軸サイズ:42.2cm(47.8cm)×177.5cm

南保秋淵:日本画家、大正12年度改正東西画家格付、3等席。東京文展作家、文帝出品多数。秋淵さんの情緒溢れる日本画です。神苑とは、おそらく明治神宮でしょうね。大きな古木が力強く、見事に描かれています。表装を新しくし直してあるので、箱は時代箱ですが、掛軸は美品です。


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NO.9093
藤村 曽山筆 盧山白雲図(合箱)
¥8,000

明治二十六年七月
紙本
本紙サイズ:44.3cm×135cm
掛軸サイズ:59.3cm(65cm)×195cm

藤村曽山:1853年~1919年。幕末‐大正時代の南木曽町出身の南画家。三宅暁峰に学ぶ。建仁寺天井画も描いた。晩年は建仁寺を拠点として活躍。作品は周辺や下條村に多くあるそうです。
墨画淡彩の南画ですね。峩々たる山並み、良く茂った樹林に白雲がたなびきます。山並み、樹木も良く描き込んであり見事ですね。美しい清楚な南画の名品です。本紙に黄鶴山樵(こうかくさんしょう)とありますが、これは中国の文人画家・王蒙の号です。彼は元末~明初に活躍し元末四大画家の一人です。


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NO.9092
歌川 豊国筆 役者絵2枚続き
¥8,000

幕末
(25cm×37cm)×2 たばこ切佐七・伊豆うら娘お房

歌川豊国は歌川派の開祖豊春に入門し、寛政時代に東洲斎写楽、勝川春英らと役者絵の分野で競いました。豊国の透明感のある爽やかな画風は、「あまりに真を描かんとて」と当時評された東洲斎写楽を退け、役者絵の世界を席巻したのです。豊国は美人画でも、人気絵師である喜多川歌麿に挑み、歌麿描く艷やかな女性とは異なる、健康的で柔らかな雰囲気の女性を描いて人気となりました。また読本や合巻といった版本挿絵の世界では、葛飾北斎とも人気の上で互角に渡り合い、精力的に作品を生み出しています。
裏打ちの無い、良い役者絵なのですが、虫穴が多く、状態がよくありませんが、その分お値段でご奉仕いたします。状態は大きな画像でご確認下さい。


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NO.9068
村上委山筆 朝天鶏鳴之図(共箱)
¥6,000

大正時代
絹本
本紙サイズ:41.5cm×109.8cm
掛軸サイズ:54.3cm(60cm)×189cm

村上委山:日本画家。京都生。名は義和、字は子守、別号に香露山房・白蓬画房。初め阿部閑山に北宗画を学び、閑山の死後に滝和亭に師事して南画を習得する。文展開設に携わり、後年は日本美術協会を中心に活動、茶道や華道も能くした。昭和11年没、69歳。
委山さんの鶏の図です。鶏は古来より、時を告げる霊鳥として人々から尊用されて来ました。天上に太陽、それに向って時を告げている鶏が力強く描かれていますね。本紙には染み見られますが、表装は立派です。


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NO.9067
宮田司山筆 蓬莱山水 (共箱)
売切れ

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お薦め!

NO.9066
今尾景祥画 「瑞松」 淡川康一画賛 (額装・共シール)
¥22,000

現代作
本紙サイズ:69.5cm×30cm
扁額サイズ:99cm×41.5cm×2.3cm

今尾景祥:日本画家の大家として知られる今尾景年の養嗣子となり、その画法を受け継ぐ。画壇にはあまり所属せずに個展を中心とした制作活動を行った。目立った受賞などはないが、皇室献上数回など高い評価を得た。 さらに、各寺院の襖画を担当し、代表的な仕事では久保田金僊とともに京都黒谷の金戒光明寺方丈の襖絵「金地襖絵(虎図)」を揮毫している。景祥さん、お得意の松の絵ですね。枝ぶりの良い松が力強く描かれています。淡川康一さんは経済学者。禅画の権威でもあるので、景祥さんとのコラボは見事にマッチしておりますね。


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NO.9041
立脇 泰山筆 春夜山水之図(合箱)
¥3,500

昭和戦前
絹本
本紙サイズ:41.9cm×113.7cm
掛軸サイズ:53.9cm(59.3cm)×196cm

立脇泰山、明治19年に生まれ、。父の仕事の関係で本籍を新温泉町細田に置いていた。子供の頃から好んで絵を描き、成長するにつれてその才能は伸び、京都市美術工芸学校で本格的に日本画を学んだ。その後、関西日本画壇の竹内栖鳳に師事し、作品が文展や帝展などに入選するようになり、画家としての地位を不動のものにした。
立脇泰山さんの水墨山水画です。栖鳳ばりの木々の描き方はさすがですね。絹本の良い作品ですが、染みがでているのと、本紙に膨れがあるので、まくりとしてのお値段でご奉仕いたします。


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お薦め!

NO.9018
岩澤 重夫筆 天の橋立寿画賛色紙(額装)
¥8,000

現代作
色紙:24.2cm×27.3cm
額サイズ:41.3cm×44.3cm×3.4cm

岩澤重夫は、1927 年に大分県日田市豆田町に生まれ。1947年に京都市立美術専門学校(現在の京都市立芸術大学)に入学。日本画家で文化功労者になった人です(2009年82歳没)。魚釣りが趣味で日本各地の川や海の風景画を描き日展で活躍した作家です。本作は、丹後天橋立を来訪したおりに描かれた色紙で、松並木を墨絵で描き、大きく「寿」の賛を入れたものです。桑の良い額に入れてありますね。色紙は美品です。


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NO.9017
木版 宮津藩主本荘宗發書 大黒魔尼尊天(原装うぶのまま赤軸)
¥6,000

江戸後期
紙本
本紙サイズ:28.5cm×110.5cm
掛軸サイズ:37.5cm(43cm)×188cm

本荘宗發(むねあきら):天明2年7月2日 ~天保11年8月25日 。江戸時代の大名で老中。丹後国宮津藩第5代藩主。本荘松平家8代。3代藩主松平資承の三男。代藩主松平宗允の弟。正室は牧野康儔の娘。官位は従四位下、伯耆国守、侍従。 奏者番、寺社奉行、大坂城代、京都所司代を経て、老中に就任。宗発死後、家督は養子の松平宗秀が継いだ。
宗發公は老中にまで登りつめたため、この資金も必要で、藩内から年貢を厳しく取り立てたため、藩内では一揆が頻発したようです。次代の宗秀公の世になり、宮津も平穏になりましたが、幕末の動乱に巻き込まれていきます。軸は歴史の証人です。


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NO.8991
黄檗木庵筆 羅漢図(時代箱)
売切れ

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NO.8967
前田荷香筆 苔石図
売切れ

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お薦め!

NO.8966
丹後宮津城主 本荘宗秀筆 大黒尊像(合箱)
¥78,000

嘉永元年
紙本
本紙サイズ:56.8cm×121.7cm
掛軸サイズ:69.3cm(74.4cm)×179cm

本荘宗秀:文化六年生。幕末期の幕府老中、丹後宮津藩主。宗発の養嗣。天保十一年襲封し,伯耆守と称する。藩政立直しに努め,安政五年、寺社奉行に就任。 あわせて五手掛として,安政の大獄で捕らえられた志士を審問する。大獄当事者が糾弾されるようになった文久二年、所司代を免ぜられ溜間詰から雁間詰に下げられた。しかし元治元年には老中に就任し,第1次長州征伐にかかわり,慶応二年の第2次長州征伐では老中として第一線にあった。
丹後宮津藩の幕末期の名君、本荘宗秀公の大黒さん図です。宗秀は文武に秀いで、この様な絵画も残しておりますが、その数は非常に少なく、過去には家老家に伝わる1本しか知られていないという大珍品の大幅です。


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NO.8918
木版 金太郎図紙のぼり
¥4,500

江戸時代
和紙
28.7cm×135.5~136.5cm

紙で出来た幟です。おそらく5月の節句のおりに用いられたものでしょう。上部に2本の黒い線があるのが幟を模しておりますね。赤い金太郎、赤は土人形にもあるように、邪気、病気を防ぐというので、子供の節句に用いられたのでしょう。このような紙のものが残るのは、少ないので貴重です。珍品の紙の古民芸です。


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お薦め!

NO.8892
建部 凌岱筆 竹の図 三幅対(合箱)
売切れ

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お薦め!

NO.8866
田能村直入筆 山水画大幅(時代箱)
¥16,000

明治時代・ 紙本
本紙サイズ:56.8cm×134.6cm
掛軸サイズ:72.7cm(79.5cm)×215.2cm

田能村直入:江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した日本画家。豊後国岡藩の藩士、三宮家に生まれ。同藩の画家・田能村竹田の養子となって直入を名乗りました。師匠の竹田に学んだ文人画をきわめ、現代においても高い価値を誇る傑作の数々を世に送り出し、明治維新を迎えてからは教育者としても活躍しました。明治中期に文人画が衰退する中で晩年を過ごしたため、“最後の文人画家”とも呼ばれております。
直入さんの大幅掛軸です。まさに墨痕淋漓と云った風情の、力みなぎる大作です。山峡を流れ落ちる瀧、巌など見事なまでの迫力で迫ってきます。漢詩の賛も力強く、良い出来の山水大幅ですね。おそらく、直入来丹のおりに描かれたものでしょう。


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NO.8865
中島来章筆 松に梅の図(合箱)
¥8,000

明治時代・ 紙本
本紙サイズ:26.7cm×110.7cm
掛軸サイズ:38.9cm(43.3cm)×192cm

中島来章:幕末・明治初期の円山派の画家。寛政八年、近江生。姓は源、字は子慶、号に春分斎、通神堂、鶴江堂など。はじめ画を渡辺南岳に学び、のち円山応瑞の門に入る。幕末における円山派の大家とされ、横山清暉・岸連山・塩川文麟と共に平安四名家と称される。花鳥画、特に鯉と鶉を能くした。門下に幸野楳嶺、川端玉章、藤井松林らがいる。明治4年歿、76歳。
来章さんらしい、いかにも、あっさりとした絵ですが、円山派らしい気品のある画風で見事です。本紙には、小シミ,折れ見られますが、表具は綺麗です。


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NO.8824
仏画 龍上観音(合箱)
¥28,000

明治時代
絹本
本紙サイズ:39.7cm×115.7cm
掛軸サイズ:54.4cm(60.5cm)×175cm

絹本に描かれた美しい観音さまを描いた仏画です。 古来より龍は雨をもたらす豊穣の神とされ、その威厳であらゆる厄災を追い祓うと崇められてきました。 遥か西方極楽浄土より現れた観音菩薩は、三十三の姿に身を変え様々な苦難に悩める人々を救済するといわれ、その御姿に祈れば、悪夢が転じて福運をもたらすと伝えられています。渋い色彩で、金地の上に描かれているようで仏画として気品がありますね。華麗な仏画装、良い出来の掛軸です。


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NO.8823
福原五岳筆 達磨図(時代合箱)
¥14,000

江戸後期
紙本
本紙サイズ:59cm×42cm
掛軸サイズ:70.5cm(77.5cm)×134.5cm

福原五岳:江戸時代の大坂で活躍した絵師の福原五岳は、享保15年、備後生まれ。江戸時代中期の文人画家で池大雅の高弟。 名は元素、字は太初・子絢、号は五岳。、京都へ出て当代きっての文人画家・池大雅に師事して技を磨きました。彼は、当時流行していた中国風の絵を得意とし、特に山水と人物画は右に出るものがないといわれるまでの実力者でした。のちには住まいを大坂に定めて高い評価を得ました。
力強い描線、目力が凄い迫力の達磨さんですね。名手の手になる、良い達磨図です。掛軸には、小折れあり、上部に小傷みあります。


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NO.8821
松村月渓筆 武正 画賛(ニ重箱)
売切れ

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NO.8818
関精拙筆 美人画賛(合箱)
¥6,000

昭和戦前
絹本
本紙サイズ:32.5cm×132.8cm
掛軸サイズ:44.8cm(50cm)×202.8cm

関精拙:臨済宗の僧。天龍寺派管長。天龍寺二百四十世。明治10年兵庫県浜坂町生れ。諱は元浄。号は青峨。中国・インドに学び、宗義を極める。 書画に巧みであった。昭和20年寂、60才。絵画がお得意だった精拙さん、お坊さんですが、この様な洒脱な美人画をお描きになったのですね。けだし珍品であります。本紙は絹本ですが、小シミ、折れあります。表具も傷んでおりますので、マクリとしてのお値段でご奉仕いたします。


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NO.8816
西国三十三箇所 仏版画
¥4,500

江戸期
紙本
本紙サイズ:11.7cm×33cm
掛軸サイズ:19cm(21.2cm)×58.8cm

美濃谷汲山華厳寺さんは西国三十三番満願霊場「谷汲さん」の名でも親しまれ、西国札所の中で最も東の岐阜県に位置しています。このお寺の仏版画です。木版の味わい深い小刷物です。このような小さいものは残り難いので貴重ですね。一番は紀伊國熊野那智(青岸渡寺)から始まり、三十三か所が摺られています。


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NO.8792
田中柏陰筆 蓬莱仙境図(合箱)
¥6,000

大正時代
紙本
本紙サイズ:42.6cm×123.1cm
掛軸サイズ:54.4cm(59.9cm)×185.5cm

田中柏陰:本姓は中川、通称は啓三郎。別名を馨、字を淑明、号は柏陰・静麓(せいろく)・柏舎主人・柏樹子・弧立・空相居士。明治16年、17歳のとき京都に出て田能村直入に師事し、田能村竹田系の南画の画風を受け継ぎ、濃彩の山水画を得意とした。京都では田能村直入が開いた「私立南宗画学校」で校員として後進の指導にあたった。
柏陰さん、お得意の南画風山水図、直入ばりの雄渾さですね。緑青のみどりが印象的な良い日本画です。本紙は紙本、小やけ、折れありますが、時代を経た良い味わいになっております。


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NO.8791
田能村 直外筆 三春駒図画賛(合箱)
¥3,500

昭和20年代
紙本
本紙サイズ:29cm×54.8cm
掛軸サイズ:31.1cm(36cm)×140cm

田能村直外は京都生。田能村直入の曽孫で、田中柏陰師事しています。京都日本画家協会会員、京都書画院理事長。平成9年没。93才。
直外さんの三春駒の画賛です。三春駒は。坂上田村麻呂ゆかりの木馬で、「子育木馬」として親しまれてきた三春駒。白駒と黒駒があり、彩色は赤、黒、金色と鞍の紺。馬産地として知られた三春ならではのたくましい馬体が特徴で、馬への深い愛情が感じられます。そして黒駒は子寶、安産、子育てのお守りらしい。名手の手になる良い絵付けです。本紙には、染み見られますので、安価でご奉仕いてします。


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NO.8743
頼鳳筆 蓬莱仙境之図(合箱)
¥6,000

昭和戦前・絹本
本紙サイズ:49.7cm×112.8cm
掛軸サイズ:63cm(69.2cm)×196.5cm

尺六寸の絹本大幅です。峩々たる山並みの、岩彩の蒼が美しいですね。流れる瀧が大河となり、鶴が遊ぶ、正に蓬莱仙境の趣です。本紙上部には小シミみられるも、綺麗な表装の掛軸です。作者の頼鳳はときおりみかけますが、経歴などは、当方浅学のため不明です。


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NO.8717
伝 吉田松陰筆 戯画墨竹図(時代桐箱)
¥38,000

幕末・紙本
本紙サイズ:63.6cm×129.2cm
掛軸サイズ:75.5cm(81.7cm)×186.5cm

幕末の志士、吉田松陰の戯画として伝わって来た墨画です。巌と竹が墨痕淋漓と描かれた、二尺一寸の大作です。勢いのある竹の葉、その筆致はまさに見事と云うしかない、幕末の志士の矜持を感じさせます。巻止めには旧蔵者の書付が貼ってあり、曰く「長州吉田先生 墨竹之図真蹟」「勤王志士吉田松陰先醒墨戯 臼山堂所蔵」などと書いてあります。本紙は紙本で、巻皺、上部下部には水濡れあります。


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NO.8690
今日庵工芸軸 「和心」(箱なし)
¥4,500

現代作
本紙サイズ:長径52cm・短径20.6cm
掛軸サイズ:57.8cm(63.5cm)×122.5cm

千利休の孫で茶禅一味を唱え、千家茶道の礎を築いた千宗旦が、自分の茶を 末子宗室に譲ろうと利休の子少庵以来の敷地内に茶室を建てて移り住みました。宗旦は、大徳寺の清巌和尚を席披きのために招きますが、和尚は約束の時刻に遅れてしまいます。和尚が現れないので伝言を残し出掛けますが、帰ってみると和尚は茶室の腰張りに「懈怠比丘不期明日」(明日にでも来られよと言われても怠け者ですから来られるかどうか判りません)と書きつけて帰ってしまっています。今日という日、いまこの時の大切さを強調する意に感じ入った宗旦はこれに因み茶室を「今日庵」と命名しました。これが裏千家今日庵の由来とされております。その今日庵の瀟洒な茶掛けの掛軸です。軸は落ち着いた絹装、綺麗な掛軸です。


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NO.8649
松村景文筆 蓬莱山図(時代桐箱)
¥12,000

江戸時代・絹本
本紙サイズ:35.5cm×102cm
掛軸サイズ:45.4cm(50.3cm)×179cm

松村景文:安永八年生まれ。四条派の始祖・呉春の異母弟で、幼少より画法を呉春に学ぶ。師の呉春は山水を得意としたが、景文は軽妙な筆致による花鳥画に優れており、同門の岡本豊彦と比較され「花鳥は景文、山水は豊彦」と評された。四条派が画壇の中で高い地位を占めるようになったのは、景文と豊彦の力が大きかったからとされている。妙法院の近侍となった関係で、同院に多くの襖絵が遺されている。
絹本に描かれた山水図ですね。松には鶴、梅と竹の根元には亀がいて、お目出たい図柄の掛軸になっております。墨画淡彩の、あっさりとした図柄ですが梅の木には、四条派の詩情が感じられ良い出来の掛軸です。牙軸装。


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NO.8641
宮田司山筆 雪中の雀図(合箱、紙秩)
売切れ


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NO.8615
暉道筆 菊鶉之図(合箱)
売切れ

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お薦め!

NO.8576
渥美 國泰筆 漢詩二行書(額装)
¥8,000

現代作・ 紙本
本紙サイズ:34.5cm×34.5cm
額縁サイズ:51.5cm×51.5cm×3.4cm


渥美 國泰933年1月1日 生まれ。日本の俳優。 来歴は、東京府東京市四谷区三光町出身。 1951年、東京都立九段高等学校を卒業。 俳優座附属俳優養成所を卒業後、劇団新人会の創立に参加。 その後いくつかの劇団を転々とし、1965年に劇団雲に入団する。 1975年、雲を脱退して演劇集団 円の創立に参加。 1979年に円を退団し、アクト青山ドラマティック・スクールを主宰して後進の育成に励む。 舞台活動を続ける一方、映画、テレビ、ラジオなどでも活躍。 声優としての実績も豊富。また日本の古美術にも造形が深く、著書多数。「戯去戯来」は福沢諭吉の言葉らしいですね。福沢は「戯去戯来自真有」と言う漢詩をよく揮毫しているらしいですが、その一節で、大意は人生は戯れに過ぎないが、そこを一生懸命真面目に生きることに本当の意味があると言うようなことらしいですね。能書家の國泰さんの美しい書です。シックな綺麗な額装品です。


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NO.8574
澤守半翠筆 漢詩七絶(共箱)
¥8,000

大正時代・紙本
本紙サイズ:74.5cm×45.3cm
掛軸サイズ:76.8cm(83cm)×149.5cm

澤守半翠:明治3年~昭和20年小松生まれの数寄者。名は安吉。沢守家は醤油製造を生業とする素封家で、半翠はその10代目。明治25年に家督を相続し六平を襲名。俳諧、書画、作陶、茶道、華道など多才。別号に白雲子、渋柿庵。作陶は原呉山、画は荒木探令、茶の湯は裏千家原呉山、奥村晴山に師事。小松天満宮の月並茶会、能和会の設立に尽力するなど、小松の茶道普及に大きく貢献した。
すっきりとした七絶の茶掛ですね。染付の軸端も美しい。一花が開くと萬花これに従う、なんて含蓄のある言葉ですね。半翠さんの号「白雲子」名義で書かれております。幅広の軸で、小折れ見られますが時代を帯びた渋い掛軸です。


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NO.8564
海軍中将 伊藤雋吉筆 漢詩三行書
売切れ

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NO.8561
月心庵 宗治筆 大石良雄自画像記(合箱)
¥8,000

昭和20~30年代・紙本
本紙サイズ:58.5cm×33.5cm
掛軸サイズ:61.5cm(67.5cm)×119.5cm

面白い掛軸ですね。「大石良雄自画像記」とありますので、大石内蔵助のことですね。忠臣蔵です。その大石の事蹟が漢文で綴られており。中央の傘の人物が大石でしょうか。当方浅学ゆえ、なんとも分かりかねますが、末尾に赤松鴻とあるので、赤穂の赤松滄洲のことでしょうか?軸は折り皺がありますが、本紙は綺麗です。


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NO.8540
宮田司山筆 「池畔小禽」(共箱)
売切れ

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NO.8539
版画 宮津藩主本荘宗秀筆 籠之神 一行書
¥4,500

明治時代
紙本
本紙サイズ:49.8cm×91cm
掛軸サイズ:59.5cm(65.5cm)×169cm

本荘宗秀は丹後宮津藩六代目藩主で老中も勤めました。能書家としても知られ、その独特の書風墨蹟は当地でも珍重されています。籠之神というのは、宮津市大垣にある大変由緒ある神社で、宗秀も神道家で藩主でもあるので、この書を揮毫したのでしょう。それを明治になり宮司の宮崎清風が、版として作ったものです。少々沁みなどありますが、面白い掛け軸です。


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NO.8449
清水寺 松本大圓筆 「清風満座中 一行書」(共箱 紙秩)
¥14,000

現代作
紙本
本紙サイズ:31.8cm×131.5cm
掛軸サイズ43.6cm(49.2cm)×193cm

大正11年生まれ。綾部市西方町出身。西方町の真言宗宝満寺で生まれる。昭和10年に清水寺に入り、故大西良慶貫主に仕える。学徒動員でビルマに赴き、龍谷大学卒業後、清水寺の塔頭寺院住職や執事長などを歴任。昭和58年、大西貫主の死去に伴い、後任の清水寺貫主に就く。翌59年には京都仏教会理事長に就任。昭和63年に貫主を退き、清水寺を本山とする北法相宗の名誉管長となる。平成24年没。
お坊さんのお書きになる字は、どれも立派です。これも高僧の徳なのでしょう。紙本に墨痕淋漓、流れるように書かれております。美品の掛軸、表装もシックな掛軸です。


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NO.8447
後藤杏塢筆 「峯峡春烟図」(共箱 二重箱)
¥12,000

現代作
絹本
本紙サイズ:23.4cm×117.3cm
掛軸サイズ:36.8cm(41.7cm)×199.5cm

後藤杏塢:日本画家。明治40年、長野県生。橋本関雪に師事し、日本美術院院友となる。そののち前田青邨の門下となり東都画壇的な画風を成した。昭和48年歿、66才。
杏塢さんの筏下りの図、構図、筆使い、色彩、いずれも関雪ばりの美しい日本画ですね。絹本の良い状態の掛軸です。共箱、二重箱仕立ての良い掛軸です。


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NO.8422
西村五雲筆 「新梢」(共箱・紙帙)
¥6,000

昭和戦前
紙本
本紙サイズ:42.9cm×32.2cm
掛軸サイズ:55.6cm(61.7cm)×128.5cm

西村五雲は大正から昭和時代に活躍した日本画家である。明治26年、京都に生まれる。13歳で岸竹堂に入門し、その後、日本美術協会展にて「菊花図」が褒章を受章。 竹堂没後は竹内栖鳳に師事する。その後、第1回文展で「咆哮」が三等賞を受賞する。また、大正2年に京都美術工芸学校教諭、大正13年に京都市立絵画専門学校教授。画塾晨鳥社を主宰し後進の育成に努めた。昭和8年には帝国美術院会員、そののち帝国芸術院会員に推挙された。また、帝展審査員なども務めた。 晩年の五雲は名声を得る。しかし生来病弱で、官設展などの大きな展覧会への出品は非常に少なく、大作や作品数も少なくい。昭和13年死去。
五雲さんの描く処の竹の図です。小品ですが、その名手の筆使いは充分に伝わってきますね。紙本で沁みが難点ですが、表具が新しいので、綺麗です。陶器の軸端の洒落軸です。


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NO.8351
菅楯彦筆 「わさび」(共箱)
¥12,000

昭和戦前・紙本
本紙サイズ:22.1cm×43.4cm
掛軸サイズ:25.1cm(30cm)×131.5cm

菅楯彦:明治11年、鳥取県倉吉生まれ。「浪速の絵師」と呼ばれた日本画家で、浪速の風俗を生涯にわたって描き続けた。 明治維新で武士社会が崩壊したため父は趣味だった絵で生計をたてようと、大阪市南区天王寺に居を移したが脳卒中で急死してしまい、楯彦は12歳にして父に代わって着物の図柄やちょうちん、看板などの絵を描いて生計を助けようとした。 しかし未だ少年の描く絵が売れるわけもなく、まさに赤貧洗うがごとき生活ぶりであったという。 楯彦は父からの手ほどき以外にはこれといった師匠にもつかず、もっぱら大阪の博物場に入り浸って古今の名画を模写して独学しながら腕を上げていった。 やがてその腕を見込まれて学校の図画教師になって、やっとどん底の暮らし向きからは逃れられ、大和絵、浮世絵、文人画などを折衷したような独自の画風を築きあげていった。
盾彦さんらしい、洒脱な絵ですね。小品ですが、面白い題材です。軸は上部に小虫穴がありますが、本紙には響いてはおりません。

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お薦め!

NO.8350
妙心寺管長 逸外筆 禅語一行書(合箱・紙帙)
¥10,000

現代作・紙本
本紙サイズ:29.6cm×91.6cm
掛軸サイズ:32.7cm(38.5cm)×172cm

梶浦逸外:臨済宗の禅僧。 京都妙心寺派 元管長。明治29年愛知県名古屋市生まれ。 川島昭隠老師に参禅、のち小南惟精老師に参禅し嗣法する。 昭和19年、正眼僧堂師家。同30年正眼短期大学を境内に 創立。同44年から53年まで妙心寺派管長を務める。昭和56年没。86才。
「温故知新」でしょうか、逸外老師らしい、端正で力強い揮毫ですね。茶掛けの綺麗な軸装にしてあり、すっきりとした掛け軸となっています。

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NO.8319
関精拙筆 禅語一行書(共箱)
¥9,000

昭和戦前・紙本
本紙サイズ:30.8cm×135.6cmcm
掛軸サイズ:34cm(最大39cm)×195cm

関精拙:天龍寺派管長。臨済宗の僧。天龍寺二百四十世。明治10年、兵庫県生れ。諱は元浄。号は青峨。中国・インドに学び、宗義を極める。書画に巧みであった。昭和20年没。
精拙さんの禅語一行書の掛け軸です。力強い文字は精拙さんらしいですね。表具は綺麗ですが、本紙はわずかに染みがあり、小皺がみられます。読みは「花開天下春」でしょうか。


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NO.8314
山田無文筆 「梅花開五福」色紙(額装)
売切れ

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NO.8294-A
本間武男 「そよ風」 シルクスクリーン 43/200(マット装)
¥1,500

現代作
絵サイズ:14.7cm×10cm(16.3cm×12cm)
台紙サイズ:30cm×24cm

本間武男さんの美しい色彩の版画です。明るいパステル・トーンが目に優しい。額を合わせていただけば、すぐに掛けられます。


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NO.8225
佐伯久 臈纈画 「暁富士」(共シール)
¥3,500

現代作
絵サイズ:33.3cm×24.3cm
額サイズ:50.5cm×41.5cm×5cm

佐伯久: 元一水会、研水会委員。大正2年生まれ、85歳で没。個展、外遊多数、文展、日展入選。
サイズはF4号。臈纈画とは、 染め模様の一種で樹脂とろうの溶解物で模様を描くもので、ろうけつ染めで知られます。本作品は”暁の富士”が神秘的な朱で描かれ、厳かな感じがします。赤が大変美しいです。富士の絵がお好きな方には、臈纈画は一風変わった作品で趣があります。

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NO.8178
伝与謝蕪村筆 群仙図(合時代箱)
¥18,000

江戸時代・紙本
本紙サイズ:46.3cm×115.9cm
掛軸サイズ:60.3cm(67.2cm)×181.5cm

与謝蕪村:俳人として名高い与謝蕪村は、池大雅とともに日本南画を大成した画家でもある。絵に特定の師は持たなかったが、古画や画譜類をよりどころとして明清画を学び、さまざまな画風を取り入れた。また,俳画の先駆者としても知られる。この大幅は,中国の人物を題材に高踏的な内容を描きながら、ユーモラスな姿態に日常的な親しみを感じさせます。

飄飄とした表情の賢人たちが淡彩で描かれ、面白い掛け軸です。表装はうぶのまま、皺や染みが見られますが、どことなく捨てがたい魅力を感じさせる良い絵画ですね。

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NO.8128
大島嘉楽筆 「三清草」(共箱)
¥6,000

昭和六年・ 紙本
本紙サイズ:33.9cm×136.2cm
掛軸サイズ:37.9cm(43.3cm)×198.5cm

大島 嘉楽は伏見の人形師として有名ですが、大正、昭和に掛けて丹後に窯を築き、作陶をしておりました。当地には、その作品、遺墨が残っております。これも、そんな1つ、鉄斎ばりの絵が達者ですね。紙本で染みが出ており、折れもありますが、色彩は綺麗に残っております。

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NO.8098
呉門逸雲筆 春山游騎堂(紙箱)
¥6,000

現代作・ 絹本
本紙サイズ:63.3cm×136.3cm
掛軸サイズ:76cm(86.5cm)×200cm

中国の絹本大幅です。春の山が美しい緑青で描かれています。谷間に流れる霞も流れるように描かれ巧ですね。人物も細微で見事です。気品のある絵画です。極小染み見られますが、殆ど気になりません。新春に掛けるには持って来いの、美しい絵画です。

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NO.8075
松村景文筆 花鳥画三幅対(時代桐箱)
¥14,000

江戸時代・ 絹本
本紙サイズ:34.4cm×105.2cm
掛軸サイズ:45.8cm(50.4cm)×182cm

松村景文:江戸後期の日本画家。字は子藻、号は華渓、通称要人。京都四条派の祖、松村呉春の異母弟。兄呉春に画を学び、花鳥画をもっとも得意とした。同門の岡本豊彦とともに四条派の様式を確立し、その発展・隆盛に尽力した。天保14年歿、65歳。
中央に若松に旭日、右は白梅に鶯、四条派らしい可愛い鶯です。淡い鶯色も美しい。左は紅梅に雀、紅梅の赤が印象的な、お得意の花鳥画の三幅対です。四条派らしい、優しい絵ですね。緞子装の良い表装ですね。小虫穴があったり、本紙は絹本ですが、少々時代の焼けがありますので、お値頃でご奉仕いたします。

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NO.7948
臨済宗建仁寺派 竹田益洲筆 禅語色紙(タトウ)
¥3,500

現代作
色紙サイズ:×24cm27cm

竹田益州:法諱は宗進。室号金剛窟。大分県生まれ。11歳で滋賀県堅田町祥瑞寺の大友宗忠和尚につき得度。大正4年、建仁僧堂に掛搭。竹田黙雷、竹田穎川両老師に参じ、昭和8年、穎川老師に嗣法する。同19年2月、大徳寺山内大仙院住職。翌年、大徳寺執事長に就任するが、穎川老師遷化により同年11月、建仁僧堂師家に就任。同29年、建仁寺派管長に就任。同55年、僧堂師家を退任し、以降は管長職に専念。平成元年6月20日遷化。
力強い字ですね。色紙には、小染みがみられますが、額装していただければ良い揮毫額となるでしょう。

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NO.7874
西山泊雲 野村泊月筆 「俳句春秋」双幅(泊月共箱)
¥7,500

昭和5年
紙本
本紙サイズ:28.4㎝×135cm
掛軸サイズ:31.5cm(36.7cm)×192.5cm

丹波・但馬は歴史的にも優れた文人を多く輩出した地方です。丹波竹田村の酒造家に生まれた西山泊雲・野村泊月兄弟は、大正から昭和にかけてホトトギスで活躍し,田中王城・岩木躑躅と共に一時代を画しました。同じく、高浜虚子を師とした第14代豊岡藩主京極杞陽とともに,その師弟の絆やエピソードは広く語り継がれています。
泊雲、泊月の俳句双幅です。「春」の句は弟泊月、「秋」の句は兄泊雲の手になるもの、美しい字の俳句幅ですが、惜しむらくは染みが多い、為に格安でご奉仕。紙本なので、染みは取りやすいと思います。

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NO.7819
野添平米筆 「巌松遠浦」(共箱)
¥12,000

大正~昭和初期・絹本
本紙サイズ:36cm×122.1cm
掛軸サイズ:47.2cm(54.2cm)×201.5cm

野添平米:明治28年滋賀県下笠生れ。本名次郎、師は菊池芳文。大正7年芳文歿後は菊池契月に師事する。大正8年第1回帝展に初入選、し以後入選を重ねる。大正12年第1回新文展からは無鑑査出品。大正15年紀元二千六百年奉祝美術展に招待出品。
戦後22年第3回日展入選、京都小御所や大徳寺瑞峯院の襖絵も手がけた。昭和55年85才歿。
平米さん、お得意の縦に大きな巌を配した構図の力強い構図の絵ですね。絹本に墨画淡彩、シックですね。本紙も表装も綺麗です。但し、陶器の軸端が外れているので、お値頃でご奉仕いたします。

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NO.7818
洪泉筆 楊柳観音図 (合せ桐箱)
¥8,000

大正~昭和初期・絹本
本紙サイズ:41.3cm×108cm
掛軸サイズ:55.2cm(60.8cm)×195.5cm

絹本に、美しい色彩で描かれた観音さまですね。巌上におわす姿は、荒々しい中に、高貴なお姿が浮かびあがり、その柔らかな色彩と共に美しい。バックの霞も金粉を刷き、高雅な雰囲気をよく現わしていますね。本紙も、小染みあるも綺麗に残り、いい仕上がりの掛け軸ですね。

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NO.7817
久保田 万太郎筆 
 俳句(さりげなき)小色紙(額装、ボール箱入)
¥12,000

現代作
色紙サイズ:17.9cm×20.9cm
額サイズ:30.9cm×40cm×3.3cm

久保田 万太郎:明治22年、東京浅草生れ。俳人・小説家・劇作家。慶應義塾大学卒。明治44年、小説『朝顔』と戯曲『遊戯』を『三田文学』に発表。明治45年、第一作品集『浅草』を刊行、その後劇評論家・俳人としても知られた。小説に『末枯』『寂しければ』『春泥』、戯曲に『心ごころ』『短夜』『大寺学校』などがある。俳句の別号、暮雨、傘雨。昭和38年没。

この句は”さりげなき言葉としもや春の雪”で 、万太郎 さんの「流寓抄以後」所載の句のようですね。赤地に切箔を散した美しい小色紙に、ほんとうにさり気なく書かれた、いい俳句です。綺麗な額装の瀟洒なお品です。

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NO.7785
仏画 空海像(合箱)
¥18,000

江戸時代 ・紙本
本紙サイズ:52.2cm×95cm
掛軸サイズ:64.6cm(70.3cm)×180cm

古画の空海坐像です。この椅子にお座りになった空海さんの図は、有名な高野山の御像を模写したものでしょう。右手には五鈷杵を持ち、左手には数珠をお持ちです。靴と水瓶も、空海図の定型ですね。紙本で、折れ、切れなどありますが、良く描かれた空海さんの坐像ですね。江戸の後期に宮津には、「丹歌府志」に挿絵を書いた佐藤正持という画家が滞在しており、その人の画風に良く似ているのですが、これは想像の域でしか在りません。

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NO.7756
山崎年信 錦絵「大日本優名鏡」2枚
¥22,000|2枚セット

明治時代
約25.5cm×約37.5cm

山崎年信:大蘇芳年の弟子門人。江戸生まれ。姓は山崎、または斎藤、名は徳三郎。仙斎、南斎、呉園、扶桑園、呑海と号した。父は青物問屋であったが家が貧しかったために絵の才能を伸ばす道に進むことが出来なかった。明治3年頃、13歳で浮世絵師・大蘇芳年に入門、認められて年信と号した。入門の経緯は、提灯屋で小僧として修行しているとき、神事行灯に描いた絵が評判となったことがきっかけとなったと云う。
名手、年信さんの「大日本優名鏡」、小穴あるものも在りますが、摺りも良く、裏打ちもトリミングもありません。師匠の芳年の絵姿も入っているのが嬉しいですね。

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お薦め!

NO.7731
大西良慶筆 「不老長春図」(共箱)
¥22,000

昭和十五年・ 絹本
本紙サイズ:42.1cm×131.6cm
掛軸サイズ:54.9cm(60cm)×196cm

大西 良慶:明治8年奈良県生まれ。京都清水寺の貫主を務め、その晩年は日本の長寿記録保持者としても有名であった。北法相宗の僧である。 本名は広次、号は「無隠」。 明治22年、奈良の興福寺に入り、千早定朝師に従い出家する。 明治23年、法隆寺の佐伯定胤に唯識を学ぶ。 明治32年、興福寺231世となり、明治37年には法相宗の管長に就任する。 大正3年、清水寺住職となるが、興福寺も兼務する。 昭和40年、清水寺を本山とする北法相宗を設立、初代の管長に就任する。
大西良慶さんの珍しい絵画の掛け軸です。太い幹の松に牡丹。岩に叭々鳥とお目出度い図柄で溢れています。まさに「不老長春」ですね。絹本に描かれた大作ですね。ところで、牡丹は棘のない薔薇とも言われ、薔薇の中には牡丹にとてもよく似ている種類もあるのですが、絵をよく見ると棘らしきものが複数描かれておりますので、薔薇だとするととても珍しい絵柄ともなりましょう。(本紙、小染みあります。)

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お薦め!

NO.7644
池上秀畝筆 阿比留の図(色紙 額装)
¥6,000

昭和6年10月
色紙サイズ:24.1cm×27.1cm
額サイズ:39.5cm×42.5cm×2.4cm

池上秀畝:明治7年、長野県伊那市高遠町に生れる。祖父休柳、父秀花と二代画家の家系に育つ。本名国三郎。明治22年上京、荒木寛畝に師事。内弟子として4年間を過ごし、その後日本美術協会展、文展、帝展等に出品。大正5年から大正7年の文展で連続3回特選を受賞した。旧派の画家としての伝統に立脚しながら、写実に基づく山水画、花鳥画を追求し、「伝神洞」画塾を主宰し、後進の指導にも力を尽くした。
秀畝さん、お得意の花鳥画、阿比留が三羽三様の泳ぐ姿が活写されています。昭和初期の色紙ですが、染みも目立たず、良い状態のお品ですね。

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NO.7620
公家・僧侶の和歌短冊各種6枚セット
売切れ

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お薦め!

NO.7595
青木月斗筆 俳句短冊二葉(箱付)
¥10,000

昭和初期
短冊サイズ:6cm×36.2cm

青木月斗:本名、新護。明治12年大阪生まれ。大阪道修町の天眼水本舗の主人としても有名な豪商。初め月兎、のちに月斗と号しました。子規門下で水落、露石らと共に当時の大阪俳壇の重鎮として、明治31年大阪満月会を創設。その会の育成に尽力しました。昭和24年、疎開先の奈良で亡くなりました。
青木月斗は戦前来丹しており、そのおりに書かれたものですね。「与謝の海」は、日本三景の天の橋立の内海のことです。短冊は金砂子の綺麗な短冊です。古い短冊ですが、極美のお品です。

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NO.7594
伝 水戸光圀筆 漢詩二行書(合箱)
¥28,000

江戸時代・紙本
本紙サイズ:48cm×129.8cm
掛軸サイズ:61.6cm(69.5cm)×185.5cm

戸前期の常陸国水戸藩主。徳川家康の孫、頼房の三男。字は子龍、号は梅里。民治に努め、儒学を重んじた。江戸の藩邸に彰考館を健立、「大日本史」の編纂事業を始め、水戸学の基をつくった。のち中納言となる。テレビ、映画で有名な”水戸黄門”様とは、このお方。
流麗な美しい文字ですね。落款はありませんが、印譜は「源印光圀」「水陰梅里」。本紙の上下、左右に糊沁み見られます。

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NO.7593
名士寄書き 折れ帖(秩入り)
¥10,000

昭和戦前
本体サイズ:18cm×26.8cm×4cm

少し大版の折れ帖です、名を連ねる書き手は「芦田均」、戦後の内閣総理大臣ですね。まだこの昭和10年は衆議院議員時代。その他、柴山全慶、山田無文の僧侶。軍人、画家等、多くの方の墨蹟が残されています。浅学のうめばち主人には、不詳の方々が多いので、掘り出しがあるかも知れませんよ!どうぞ、ごゆっくりご確認下さい。折れ帖も、秩、折れ帖の金の部分は、虫舐めが見られますが、本紙は綺麗です。

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NO.7404
三上於兎吉筆 「酔友に打電せる歌」色紙(額装)
¥8,000

昭和三年筆
絹本色紙サイズ:23.6cm×26.6cm
直径44.3cm・厚み2cm
提げ紐トップから本体まで長さ38.5cm・全体長さ83.5cm

三上於兎吉:作家。明治24年、埼玉県生まれ。大正五年に講談雑誌に『悪魔の恋』を発表。大衆通俗小説の旗手となり、時代物も『敵対日月双紙』などを週刊誌に書き、新風を吹き込む。『黒髪』『淀君』『雪之丞变化.』などが代表作。妻は女流文学者の長谷川時雨で、おしどり夫婦として有名。
三上於兎吉が北支那を旅行した折り、長安丸から酔友に旅の感慨を歌にし友に贈った歌が書かれています。この当時、文壇の寵児だった於兎吉にとって誰だったのでしょう?想像すると面白いですね。美品の色紙です。

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NO.7375
橋本栗渓筆 漢詩二行書(合せ桐箱・紙秩)
¥8,000

明治時代・紙本
本紙サイズ:29.7cm×130.5cm
掛軸サイズ:43.3cm(48.6cm)×185cm

鳥取県大百科に、「栗渓は、漢学者にして山口高等商業学校の教授であった。その書は雄渾である。」とあり、なるほど巧みですね。そして「東京帝大文科古典講習科漢書課卒業。愛媛県尋常中学に勤務の折、同僚の夏目漱石と親しくしており、『坊ちゃん』の一節に出る「漢学者の先生」とは、彼のことだと言われている」と出ています。夏目漱石とも交流があった人でもあります。おりしも漱石生誕150年の年に現れた栗渓さんの書、えにしを感じます。軸は元装うぶのまま、表具に破れあるものの、本紙は綺麗です。

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NO.7344
琴塚英一 水彩 「静物」色紙(額装)
¥10,000

昭和40年代
色紙:26.8cm×23.7cm
額サイズ:44.5cm×42cm×3.2cm

琴塚 英一:明治39年~昭和57年 大阪府出身の日本画家で版画家。信濃橋洋画研究所で学んだ後、京都市立絵画専門学校で日本画と版画を学びました。後に川端龍子に師事し、青龍社々人としてY氏賞及び奨励賞を含め入選多数。昭和41年の青龍社解散後は、美術団体に属することなく個展を主な活動の場とし、花鳥、風景に優れた作品を残しました。
琴塚さんの美しい色彩が踊る、美しい水彩画ですね。カップに描かれた蒼馬は、まさに琴塚さんのタッチですね。色紙には染みが多いのが難点ですが、色彩は輝いております。

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NO.7287
吉田初三郎筆 徳利画賛(額装)
¥6,000

昭和初期
本紙サイズ:色紙
額縁サイズ:36cm×45.5cm×2.2cm

吉田初三郎:明治17年、京都生まれ。初三郎は、はじめ友禅おりものの図案の職工をしていました。その後、上京して絵の修行をしていましたが、先生から進められて絵師の道に進むようにいわれたようです。初三郎は、すぐれた鳥瞰図作家として知られています。彼が描いた鳥瞰図は、大正から昭和にかけて、1000種にも上るといわれており、その作品は今でも熱烈な初三郎フアンを夢中にさせています。
しかし初三郎は肉筆画も残しており、このような洒脱な俳画も御座います。淡彩の徳利も美しいですね。色紙は染みが多いので、お洒落な斑竹の額をお付けして、お値頃でご奉仕いたします。

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NO.7259
丹後考
¥20,000|8冊セット

明治41年発行・出版
16.5cm×23.5cm

「丹後考」の編者、関清謙は、宮津藩家老関左門の子です。経歴は不明ですが、明治40年代に丹後国歴史編纂期成同盟会や丹後国歴史研究会を創立して、機関誌「丹後考」を発刊していました。「丹後考」は当丹後地方の歴史資料として発刊された、もっとも早い時期の活字本です。本品はバラ8冊、小染み等見られますが、明治の雑誌としては、概ね美本と云えます。

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NO.7209
高木林斎筆  尉姥図(合箱)
¥8,000

大正時代(丁巳六年)・絹本
本紙サイズ:35cm×114cm
掛軸サイズ:47cm(53.5cm)×197cm

高木林斎:経歴は、明治9年7月愛知県名古屋に生れる。本姓は渋谷。高木氏を継ぐ。字は全鼎。別号・非空。居を畊霞館。山水・花鳥画を得意とした。帝國絵画協会の会員。兵庫県氷上郡柏原町に住す。と書いたものがございます。
尉と姥の図は、謡曲「高砂」の前ジテの木守りの翁とシテツレの木守りの姥。この老夫婦が松の落ち葉を搔く姿は、大変めでたいものとされ、よく画題とされたようです。また、お互いが白髪になるまで年を重ねるということで、長寿の象徴ともなり、還暦や古希など長寿のお祝いでもお馴染みです。松の大樹の下、お互いを思いやる老夫婦の柔らかい表情が良いですね。お互いの衣も美しく描けていて、良い尉と姥の図です。本紙は絹本で染みも殆ど無く良い状態の掛け軸です。

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NO.7174
榊原苔山筆  松竹梅図色紙三種(額装)
¥9,000

現代作
色紙:23.8cm×26.6cm
額サイズ:38.5cm×41.5cm×2.6cm

榊原苔山:明治23年、榊原芦江の四男として京都市に生まれる。本名は秀次。兄弟に画家の雨村・紫峰・始更がいる。明治41年、京都市立美術工芸学校絵画科を卒業し,45年京都市立絵画専門学校を卒業。竹内栖鳳に師事し,竹杖会に入る。明治42年第3回文展に《五月雨》が初入選し,以後文展に4回,帝展に12回,昭和11年文展招待展,新文展に2回,戦時特別展など,官展を中心に作品を発表した。第6回文展では《枇杷》が褒状を受けており,昭和5年の第11回帝展から推薦となっている。師の栖鳳ばりの鮮やかな描写の美しい日本画です。「松竹梅」と3枚揃っているのが嬉しいですね。色紙には少々染みあるも、額に入れてあるので、それほど目立ちません。

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NO.7164
三輪晁勢筆 「蘭に小禽」図(合箱)
¥24,000

現代作・ 絹本
本紙サイズ:25.4cm×25.2cm
掛軸サイズ:31.7cm(37cm)×134.5cm

三輪晁勢:日本画家。明治34年、現在の新潟県長岡市与板町に生まれる。父は日本画家の三輪大次郎。大正10年)、京都市立美術工芸学校卒業。大正13年、京都市立絵画専門学校卒業。東丘社に入り、堂本印象に師事した。以後、官展において活躍する。昭和2年、帝展に初入選。昭和6年・昭和9年に帝展特選。昭和34年、日展評議員。昭和44年、日展理事。昭和37年、日本芸術院賞。昭和52年、日展参与。昭和55年、日展顧問。昭和54年、日本芸術院会員。そのほか、新聞雑誌の小説挿絵も手掛け、舞台装置や壁画にも携わった。日本画の美しさ、岩彩の美しさを堪能できる作品ですね。この鳩の翠の美しさは、名手の手による素晴らしさです。蘭の花の彩色に小痛みあるものの、日本画の美しさを充分に堪能できる作品ですね。

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NO.6875
當麻奥院光誉上人真筆 宗祖大師尊影(時代桐箱)
売切れ

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NO.6754
妙心寺 古川大航筆 「寿」一行書(合箱)
¥8,000

現代作・紙本
本紙サイズ:25.3cm×99.6cm
掛軸サイズ:36.3cm×165.5cm

古川大航:明治4年、埼玉生まれ。 室号は嶺南室。興津清見寺にて得度。明治25年、妙心寺僧堂に掛搭、金華室虎関宗補に参ず。明治35年、大阪法雲寺に住したが、特派布教師を命ぜられる。大正6年、興津清見寺住職。昭和7年、妙心寺派宗務総長に就任。昭和12年、北京に駐在して北支の開教にあたる。終戦後最後まで中国に留り、戦没者の慰霊、引揚者の世話に務め帰国す。昭和27年、妙心寺派管長に就任。以後五期連続その職にあり教化に尽くす。昭和43年、現職のまま示寂。世寿98。師晩年の書ですが、その筆跡は力強いですね。珍しく、大きな「嶺南大航」の印譜が押されているのが嬉しいですね。沁みが多いのがすこし難点ですが、紙本なので扱い易いとおもいます。その分、お値段でご奉仕いたします。

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NO.6673
土屋文明筆 短歌色紙(アルミ額装)
¥38,000

現代作
本紙サイズ:色紙
額縁サイズ:37.5cm×40.5cm×2.8cm

土屋文明さんは、明治23年に現在の群馬県高崎市保渡田町に生まれ、明治、大正、昭和、平成を生き、100歳の生涯を閉じるまで12,300余首を残した近代日本の代表的歌人で、優れた万葉学者です。その独特の書体も味わい深いですね。ここに書かれた和歌は、昭和25年の歌集「自流泉」に収められている歌のようです。金砂子の美しい色紙に書かれた、状態も良い色紙です。アルミの枠のシンプルな額に収められております。

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NO.6555
丹後文殊 智恩寺実応 金比羅大権現
¥8,000

江戸後期・紙本
本紙サイズ28.2cm×96.3cm
掛軸サイズ:34.4cm×154cm

智恩寺実応は十一世宗眞和尚のことで、当地では一木和尚で知られています。伝には、学徳高く世の崇敬を享け、晩年に至り、對潮庵へ隠棲し、専ら風月を友とし、とあります。天保七年寂。この人、楽焼を好み、自ら焼いた作品は当地でも珍重されています。この軸は神道ですが、依頼によって描いたものでしょう。力強い文字ですね。軸はうぶのまま、折れ痛みあります。めくりのつもりでお買い求め下さい。

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NO.6475
清水公照筆 「自然美」(額装)
¥8,000

現代作・紙本
本紙サイズ:37cm×50cm
額サイズ:56.5cm×74.5cm×1.6cm

清水公照:明治四十四年、兵庫県飾磨郡曽左村に生まれる。昭和二年、東大寺塔頭宝厳院に入寺。父清水公俊のもと僧名公照となる。昭和八年、龍谷大学文学部仏教学科卒。天龍寺の関精拙のもとで四年間参禅。昭和二十一年、東大寺塔頭宝厳院住職となる。昭和五十年、大僧正、華厳宗管長、東大寺第207世別当に就任。昭和五十六年、別当を引退し東大寺長老となる。平成十一年没。
いかにも、公照さんらしい勢いのある字ですね。「華厳」の大きな印譜もどっしりと好もしい、薄墨で書かれた良い文字ですね。マットに沁みがでているので、お値頃にてご奉仕いたすます。

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NO.6233
海部正道筆 天火明命・日子郎女命図掛け軸
¥48,000

明治時代・紙本
本紙サイズ:31.1cm×88.5cm
掛軸サイズ:42.4cm×163.5cm

丹後地方の伝承を書いた「丹後風土記残缺」という本があります。、その「丹後風土記残缺とは、八世紀に国の命令で丹後国が提出した地誌書とも言うべき風土記の一部であり、京都北白川家に伝わっていたものを、十五世紀末に丹後国一之宮籠神社の社僧・智海が筆写したものとされています。その籠神社の神主さんが海部氏、この絵を描かれた方ですね。この海部氏の祭神が天火明命・日子郎女命なのです。軸の中央に押されている大きな角印は「丹後国老人嶋神社印」とあり、この老人嶋神社の祭神でもあります。丹後の伝承がつまった曰くありげな面白い掛け軸ですね。

*小虫穴あります。

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NO.6195
田村孝之介筆 水彩「蘭」(額装)
¥28,000

現代作
色紙サイズ:24.1cm×27.3cm
額サイズ:41.9cm×45cm×4cm

田村 孝之介:、明治36年、大阪生まれ。昭和61年没82才
1920年、上京して太平洋画会研究所に学び、1921年、大阪に戻り、小出楢重に師事した。1926年、第13回二科展に初入選。1927年、第1回全関西洋画展全関西賞を受賞する。1937年、二科会会員。1947年、熊谷守一、宮本三郎らとともに二紀会を創立した。1974年、二紀会理事長に就任。裸婦、風景画を描く。 日本芸術院会員、文化功労者。

洋画家の田村孝之介さんの美しい蘭の図の色紙額です。水彩ですが、この色彩の躍動は素晴らしいですね。アルミの額に額装してあります。

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NO.6193
佐藤栄作筆 漢詩二行書色紙(額装)
¥10,000

現代作
色紙サイズ:24.2cm×27cm
額サイズ:38cm×41cm×2cm

佐藤栄作:政治家。明治三十四年、山口県生まれ。総理大臣岸信介の実弟。運輸官僚から政界に転じ、昭和39~47年、自由民主党総裁・首相。この間、高度経済成長政策、日米安保条約自動延長、沖縄返還なとの政策を推進。昭和49年、ノーベル平和賞受賞。

日本を代表する政治家の佐藤栄作氏の識語を書いた色紙です。政治家らしく力強い字でありますね。沁みの少ない、良い状態の色紙です。金張りの美しい額に入れてあります。

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NO.6078
今東光筆 識語入り扇面
¥10,000|2本セット

昭和50年
長さ27.3cm

今 東光:明治31年、横浜市生まれ。関西学院中等部を中退し上京。二十歳のころ東大生だった川端康成や菊池寛などと知り合い、第六次『新思潮』発刊に参加、新鋭作家として活躍しましたが、菊池寛と対立して同派を離脱、プロレタリア作家同盟に入る。昭和5年、出家剃髪して僧侶となり、暫くは作家活動を休止した。昭和26年、大阪・八尾の天台院に住み移るまで5年余りの間に、この家で五十余の長短編を発表。そののち水間寺住職、中尊寺貫主、参議院議員と多方面で活躍、作家としても「お吟さま」(直木賞)など話題作を発表して流行作家になりましたが、昭和52年癌で亡くなる。享年七十九歳。
おそらく、八尾時代も頃の書と思います。「変化怪」などいかにも、東光さんらしい 識語ではありませんか。

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NO.5975
大相撲 九重、千代大海の大色紙
¥6,000|1枚(1)

平成時代
56.6cm×32cm

1枚売切れ

人気の大相撲の色紙です。大判で普通の色紙を横に2枚並べたくらいの大きさです。手形を押したのは、大関時代の「千代大海」です。かんぽう印に大関と押してあるので大関時代のものですね。「九重」は千代大海の親方である九重親方、現役時代は大横綱の千代の富士ですね。識語も署名もいづれも力強いですね。色紙は経年の小汚れはあるものの、概ね良い状態です。


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NO.5974
肥後医育史(元版、箱カバー、著者献呈署名入り)
¥25,000

昭和4年刊
16cm×22.5cm×4.4cm

山崎正董:明治5年 -昭和25年は日本の医師(産婦人科医)。私立熊本医学校教授、愛知県立医学専門学校校長、熊本医科大学学長。60歳の定年後は好きな旅行、歴史に没頭。『横井小楠』『肥後医育史』を著す。
その山崎先生の大著です。本は元版で外箱、カバーも付いた良い本です。「著者」ですが献呈署名も入っているのが嬉しいですね。本は本体が小湿気を帯びてはいますが、殆ど置き古し状態の本です。

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NO.5375
二十四考図屏風(杉箱入り) 
 ※但し屏風は半双十二景のみです。無落款※
¥58,000

江戸時代
絵のサイズ:(31cm×28cm)×12枚
屏風のサイズ:(幅52cm×高さ132.5cm)×6枚
杉箱サイズ:幅57cm×高さ139cm×厚み14cm

中国での親孝行の様子を描いてあります。とくに後世の範となる二十四の親孝行を絵にしたものが「二十四考」であります。そおれぞれに画題があり登場人物の名前も在り、日本では孟宗の竹の子掘りなんかは、伊万里磁器の人気の画題にもなっていますね。私の好きなのは舜の「象」ですね。この半月の目をした象、これは紛れも無い江戸の画人の描く象であります。その他、虎や雷神など面白い絵が山積です。細密の筆で描かれた図は恐らく狩野の絵師になるものでしょう。残念な事に半双の十二図しかないのですが、元装うぶのままなのが嬉しいですね。絵には多少痛みがございますが、余白部分には金粉をあしらい古雅な風合いの珍品の屏風です。

※送料についての大切なご案内※
こちらのお品は特大商品につき、送料は別途お見積りさせて頂きます。
先ずはお問合せくださいませ。

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NO.5294
淡川康一筆 漢詩二行書(共箱)
¥12,000

現代作・紙本
本紙サイズ:19.2cm×60cm
掛軸サイズ:24.5cm×131.5cm

淡川 康一:京都生まれ。京都大学を卒業後、立命館大学や大阪学院大学の教授を歴任する。経済学者であるが禅画の研究や収集に努め、そのオーソリティーである。昭和五十二年没。

淡川さん独特の個性あふれる文字ですね。力強くもあり、親しみ深くもある良い書体です。特有の淡い墨の調子も良い感じ、漢詩のみの二行書というのが格調高く珍しいし貴重でありますね。

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NO.5014
鈴鹿野風呂筆 俳句幅(合せ箱)
¥18,000

昭和初期・紙本
本紙サイズ:12.5cm×106.5cm
掛軸サイズ:27.5cm×169cm

鈴鹿野風呂:明治二十年、京都生まれ。京都大学在学中、藤井紫影に俳諧を学び、「ホトトギス」に投句。これにより高浜虚子の師事する。こので野風呂の叙情的な清新な作風が培われた。大正九年、「京鹿子」を創刊。昭和四十六年没。

当地、丹後の宮津はお盆の灯籠流しで有名です。野風呂来丹のおり、花火を眺め、水面を埋め尽くす灯籠を愛でたのでしょう。その時の句。灯籠が波間に流れるさまが眼に浮かぶ秀句ですね。

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NO.4814
矢野橋村 色紙(額装)
¥12,000

昭和30年代
額サイズ:38.3cm×41.3cm×2.2cm

矢野橋村 日本画家 明治二十三年愛知県生まれ。長松春永に師事。河野秋邨、小室翠雲らと日本南画院を設立、南画の発展に尽くす。

唐の宰相,令孤楚が錦山に登ったときに作った詩「山静松声遠 秋清泉気香」を題材とした上品な色紙です。墨画に淡彩を施した名手の手になる良い作品です。少沁み極少傷ありますが、さほど気になりません。

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NO.4335
阪正臣筆 春蘭画讃(箱付き)
¥12,000

明治時代・紙本
本紙サイズ:35cm×140.5cm
掛軸サイズ:37.5cm×212cm

阪正臣 号は桃軒、茅田小民。字を政介。尾張国生まれ。30歳のとき、宮内省お歌所寄人となる。華族学校教授も勤める。昭和6年没、77歳。

書の達人、正臣さんの美しい和歌の書かれた古雅な掛け軸です。春蘭の絵も素敵ですね。半切ですが清々しい綺麗な掛け軸です。

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NO.3852
近藤浩一路筆 馬の図(合せ箱)
¥38,000

昭和戦前・紙本
本紙サイズ:44cm×36cm
掛軸サイズ:58.5cm×132cm

近藤浩一路、明治十七年、山梨生まれ。淡彩の山水画を得意とする。昭和三七年没。

近藤画伯は、戦前、丹後地方を遊覧しています。おそらく、その折に描かれた物。墨画の小品ですが、墨の濃淡を巧みに使った描写はすごい。面白い画題の掛軸です。

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NO.3810
浅沼稲次郎筆 木額
¥12,000

昭和
桐材
最大幅73cm・最大縦幅34cm・厚み2cm

日本社会党の党首であった浅沼さん、「人間機関車」とも呼ばれた偉丈夫でした。その氏の揮毫による扁額です。桐の大きな一枚板を使っている、立派な逸品です。いまでは、この様なおおきな桐の板も中々無いでしょう。浅沼さんの字も力強い、良い品ですね。

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NO.3695
石井柏亭筆
熱海にてよめる詩
¥12,000

昭和初期
62.5cm×29cm×厚1.8cm

石井柏亭:石井万吉。日本画家石井鼎湖の長男。洋画を浅井忠、中村不折、藤島武二に学んだ。昭和三十三年没、行年七十七歳。

洋画で有名な柏亭さん。昔の文化人はすべからく風流で何事にも才能があったのですね。何やら狂歌でもないし、短歌でもないし不思議な詩が書いてあります。面白い一品です。

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NO.3566
福島安正筆 漢詩一行書額
¥18,000

明治時代
絖本
本紙サイズ:109cm×30.3cm
額サイズ:142.5cm×46cm×厚2cm

福島安正:旧松本藩士。日清・日露戦争に戦功があり陸軍大将となる。大正八年没。行年六十四。

福島安正さんの絖本の横額です。明治の軍人らしい力強い実直な書ですね。人気の書です。

※送料についての大切なご案内※
こちらのお品は大型商品につき、送料1,500円のご負担をお願い致します。但し、宮城県・山形県・福島県・秋田県・青森県・岩手県は2,000円、北海道は2,500円、沖縄は3,500円となります。
またこちらのお品は代引きはお受けできません。


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NO.3454
松瀬青々俳句掛軸(合せ桐箱)
¥15,000

昭和・紙本
本紙サイズ:28.5cm×93cm

青々:松瀬弥三郎。大阪の俳人で大阪朝日新聞『朝日俳壇』の選者。また俳誌『ホトトギス』『宝船』などの編集に当たった。昭和十二年没、行年六十九歳。

恐らく、晩年の句ではないでしょうか。京都の句ですね。鶯が鳴く嵐山の光景を彷彿と感じさせます。

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NO.188
乃木希輔 和歌額
¥150,000

明治時代。
枠108cm×47cm。本紙81cm×32.5cm。

本紙には荒れがありますが、表装は改装してありますのですぐに掛けて飾っていただけます。汚れ・破れなし。(裏側は1箇所破れあります)


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